『ペルー法廷、ゲリラ処刑事件で元日本大使館員らに証言求む』
1997年4月のペルーの日本大使公邸人質事件の強行突入の際、治安部隊に左翼ゲリラを違法に処刑させたとして、殺人罪に問われたモンテシノス元国家情報局顧問と当時の軍幹部2人の初公判が18日、リマの海軍基地内の法廷で開かれた。
モンテシノス被告はフジモリ元大統領の元側近。検察側は、武力突入後に武装解除したトゥパク・アマル革命運動(MRTA)のゲリラ兵3人の処刑を命じたとして、モンテシノス被告に禁固20年、アスクラ元陸軍大佐に同15年、エルモサ元国軍司令官に同8年をそれぞれ求刑。
さらに次回以降の公判では、当時日本大使館書記官として人質となり、武力突入後にゲリラ兵3人の生存を目撃した小倉英敬氏(現・常磐会学園大教授)らの証言を求めている。
(ここまで引用)
先日テレビで青山繁晴さんが、『ペルーの日本大使公邸人質事件』について、熱く語っていらっしゃっるのを録画したのですが、青山さんは事件発生から、解決までずっと事件を見てきた、たった1人の記者だったそうで、この事件をもって共同通信の記者をやめたそうです。
以前、小倉英敬さんは「公邸を占拠したMRTAは何を要求しましたか」という質問に対して、
「ひとつは経済政策の変更、 これは新自由主義的な経済政策から変換する、もうひとつは獄中に囚われていた同志たちの釈放ということです。」と答えてらっしゃいました。
またMRTA指導部のコミュニケは、 「日本政府はかねてより、 フジモリ氏の政府が行っているあらゆる種類の人権侵害を、 またペルー人民の大多数に、よりいっそうの貧困と飢えしかもたらさない経済政策を支えてきた」と日本大使館を狙った理由を発表していました。
番組で青山さんは、池田行彦外務大臣の担当されていて、同行記者としてペルーへ行ったそうですが、池田さんは事件が発生した直後、それから終わってしまってからの2回ペルーへ行っており、問題は、発生した直後に池田さんがペルーにやってきた時で、池田外務大臣はフジモリ大統領に何を言ったのか。これはは未だに公表されてないとおしゃっていました。
しかし、ペルー軍は4か月間トンネルを掘り、大使館に突入。ゲリラ14人は全員射殺、日本人の人質24人全員が釈放され、フジモリ大統領は英雄になるのですが、青山さんは、実はフジモリ大統領は、日本人の命を助けることを目的にしたのではなく、他に目的があったと指摘されています。
では何故日本人が助かったかというと、犯人グループに50ドルで買われたアマゾンのジャングルで育った14、5歳の見張り役だった少年が、4か月間一緒に過ごした日本人を撃てなかったからだと…
建物の2階に日本人と一緒にいたゲリラの少年は、1階での銃撃戦に気が付いて、日本人に軽機関銃を向け、後ずさりしながら部屋出ようとして、頭が出たとき、らせん階段から上がってきたペルー軍にこめかみを撃たれ死にました。
フジモリ大統領は、持ち込んだ食料とか、そういうものに盗聴マイクが仕掛けていたので、日本人の人質に見張りがついている等の状況がわかっていたというのです。
青山さんは、番組で写真を見せながら、説明されてました。
「これは銃撃戦の後なんですが、フジモリ大統領ですね、日本人にもおなじみですね。ヒーローと言われてきましたから。こうやって今らせん階段を上がっていきます。ここ、ぼかしてありますけど、死体が2つ転がってるんです。ペルー国内では非常に何度も、ぼかしをかけないで流されました。
今の死体の意味を、画像では刺激強いからお見せできないので、僕が自分の身体を使って説明しますが。あそこにあった2体です。ここ(1階)で殺されたセルパと、それからナンバー2のロハスというプロのテロリストで、殺されてもはっきり言って仕方ないけど、彼ら2人の死体をここ(らせん階段)に運んで置いてあったんです。射殺してここに運んだんです。
大統領がそれを見る映像を、国営テレビで何度も何度もペルー国内に映したんですが、その映像は、主犯格のセルパは仰向けでした。仰向けでこのように、のど仏の上で十字に引き裂かれて、ザクロのように広げてあったんです。もう1人のナンバー2のロハスは、上半身裸にして裏返し、首を切断されてました。
それ見た時、僕は意味わからないから、僕についてくれてた運転手さんに意味を聞いたんです。彼はもともとのインカ帝国から続いてきたペルー人です。『あれはインカ帝国から続いてきたならわしで、王様に文句言うな、権力者に物言うな、物を言った奴はこのようになる。ザクロのようにのど仏を切り裂くんです。首を切り落としたのも、決して権力者に物を言うなという見せしめなんです』と。
で、その運転手さんはその映像が流れるまでは、『青山さん、僕はフジモリ大統領の大ファンです』と言ってたんです。が、あれを見て、『わかりました。ほんとは大統領は、俺に反抗するな、俺に抵抗するなというメッセージを国民に流すために、武力突入したんだ、それが目的だったんだ』ということを、僕じゃなくて、そのペルー人の人が言ったわけです。
そしてその時に、さっき映ってた女性(セシリア)がいたでしょ。例えばあの人は、生きて逮捕されたんです。
これ僕、断言するのは、その時、日本人の人質の方が見てるからなんです。複数の方が。生きて逮捕されて、後ろ手に縛られて、いったん公邸の外に出されたんです。出して見せて、もう一度引きずり込んで中に連れていって、四肢を切り落とし、乱暴を加えて殺したんです。いま裁判になってるのはその件なんです。
(中略)
何でわざわざ外に出したかというと、見せるためです。みなさん、今のような無惨な真実が本当の姿で、じゃあそういう武力突入にどうしてなってしまったのか。
日本が求めた『平和的解決』こそが、この無惨な武力突入を呼んだんだということを、この後、ありのままにお話ししたいと思います。
それで4カ月間いることになっちゃったわけですが、問題は最初に来た時に、池田外務大臣はフジモリ大統領に何を言ったのか。これは実は未だに公表されてないんです。
外務省の中に、僕ははっきり物を言い過ぎると、僕を嫌ってる人もいます。しかし同時に、『青山さん、あなたがほんとのことを言って下さい』と言う外務省の高官もいます。その方から僕は実は、はっきり申しますが、記録をとりました。その人は退官したので言いますが、文書を見ました。
その文書を見ると、この池田大臣がフジモリ大統領に言ったのは、『とにかく日本という国は平和的解決じゃないとダメなんです、国民がもたない』、つまり内閣がもたないんだと。もう何が何でも話し合いで、テロリストにある程度の妥協してもやむを得ないから、とにかく平和的解決だけで行ってくれと。
その時に池田さんはフジモリさんに2回会ってます。最初、フジモリさんは断った。『とんでもない、そんなことしたら次から次へとテロが起こるじゃないか、できません』。池田さんは官邸に電話をした。橋本総理に。『ダメだお前、そんなもんじゃ、帰っちゃいけない』と。もう1回会いました。そしたらフジモリさんがガラッと変わってて、『平和的解決を目指しましょう』と。わけわかんない。
実は外務省の中に、今もわけわかってない人がいるんですが、僕はこっちの方(フジモリ)の記者ですから、こっち側にも聞きますから。
聞いたらですね、『青山さん、我々はびっくりしたんです』と。『どこの世界にそんな国があるかと思ったけれども、自分の国民が捕らわれてるのに』、拉致問題と同じです、『自分の国民が捕らわれてるのに、とにかく揉め事だけはやめてくれ、と頼みに来る政府がこの世にあるってこと、最初はわからなかった』と。
しかしそれを聞いてわかった以上は、フジモリ大統領は、この人は天才的な政治家だから、あるアイデアを思いついた。すなわち、すでに大使公邸の構造を調べてて、これ、人質2階に上げられたらどうしようもないと。外から入っていくだけだとどんどん殺されていくだけだから、トンネル掘るしかない。トンネル掘るには最低4カ月かかる。
その4カ月をどうやって保たせるか。あ、日本を利用すればいいんじゃないか、と。日本と平和的交渉をやってれば、テロリストも油断する。
その間、時間が稼げる。で途中で突然、ペルー軍が音楽流し出したり、演歌を大音量でかけたり、あれ、未だに違った報道があります。あの目的はたった1つで、トンネルを掘る音を隠すためです。
すなわちトンネルを掘るために、この日本国はダシにされたんです。利用されたんです。」
フジモリ大統領はこの後「自分は神に愛されている」と有頂天だったそうです。沢山の日本人が犠牲になっていたら、日本からの多額な援助が受けられなくなっていたかもしれないですしね。
そんでフジモリさんは調子にのって、憲法改正して三選に出てしまい、失脚しました。
そのフジモリさんを日本はかくまいました。
青山さんは、さらに写真を見せながら問いかけます。
「10年間かくまってきて、未だにフジモリ大統領を応援してるでしょ。最後にみなさんに申したいのは、この10年、じゃあ日本はどこか変わったのか。全然変わってません。しかし僕は、変わったのかと問いかけたいのは、武力突入でも何でもやる国になれと言ってるんじゃない。
(中略)
僕はペルーに最初、飛行機が下りていく時、池田外相の乗ってた飛行機下りていく時、屋根のない、建設途中の家がいっぱい見えてる。ペルーはけっこう活気があるじゃないか、家いっぱい建ててるんじゃないかと思ったわけです。
しかしみんなが帰った後、時間できたのでそこに行ってみたら、実は周りにある家は全部、屋根がない家なんですよ。ジャングルがあるからわかると思うんですが、いっぱい雨降るんですよ。家といっても囲いだけなんです。もう息を呑むような貧しさで…
この貧しさ見てね。何ということかと…僕たちが国民の税金で援助してきたあのお金はどこに行ったんだ、フジモリ大統領ら権力者の懐に入って、子供たちには全く入ってない。
この子たちは親に50ドル渡されたからといって、テロリストにされて、そうやって後ろ手に縛られて、乱暴されて殺されたりしたんですよ。
その10年の真実を、どうして知らないでいいんですか、この国は日本人が助かったらそれでいいんですか。
日本人の人質の方々、助かった方々が僕に、『青山さん、私たちは、自分が助かっただけではだめだと思う』と。
『この日本という国のあり方をどうにかしないとダメだ』と10年間僕に言ってきた方がいるから、僕も一生懸命講演で言ってきたんです。
ペルーのことだと思わないで。僕たちの問題です。僕たちはいったいどんな国なのかということを、この子供たちの顔といっしょに、ぜひ覚えていただければと思います。」
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